メンヘラと社畜SEの同棲の近況
あの晩、やっと寝付いたのは午前5時だった。
もう”晩”じゃない。”朝”である。
わたし、まゆらは最近リビングのソファで寝てしまうことが多いのだが、その日もそうだった。
朝7時過ぎ、彼君が「行ってくるね」と声をかければ、わたしは「うん、いってらっしゃい」とおぼろげに返事をする。
それしか覚えていない朝。
その日は目覚めたら午後3時だった。
やっちまった!
そう思って目を覚ます。
道理で嫌な夢を見たわけだ。
過眠は久しぶりだった。
たとえ寝るのが午前5時だったとしても、基本的には11時、12時ごろには起きるような平均的睡眠時間の生活を送れてはいる。
この生活リズムが良いことだとは思わないし、メンクリの先生も直したいと毎度言ってくれるがどうしてか直らない。
もうこれで染み付いていまったのかもしれない。
で、この日、何が問題だったのかというと、
家出したい
そんなことを思ってしまったのだ。
なぜかと自分へ問えば、
「彼君と同棲する意味はあるのか」
「彼君と一緒に暮らす意味はいったいどこにあるんだ」
それしか答えてくれない。
別に彼君のことを嫌いになったわけじゃないし、ほかの男性に魅力を感じたわけでもない。
ただ、平日、社畜SEで忙しく帰りが遅い彼君は最近機嫌が悪い。
「最近、冷たいね」
なんて指摘をすれば、
「まゆらだって調子が悪い時は同じでしょ」
何も言えなかった。
内心、「心の病を抱えて苦しんでいる私と一緒にするなコノヤロウ」とか思ったが、それを言葉の弾丸にしてはいけないと思った。
心のリボルバーに弾丸を詰める。
「こっちは好きで落ち込んで泣いているわけじゃない」
「そうしたくてぼうっと無表情で縮こまっているわけじゃない」
「思い通りに暮らせない不自由の辛さがお前に分かるのか」
「”死にたい”と思う苦しみがお前に分かるのか」
でも、引き金を引いたりしない。
シリンダーラッチにすら触れない。
だって、これ以上弾丸を撃ってしまえば、必ずわたしが負けて穴だらけになるんだ。
彼君は仕事から帰って食事とシャワーをしたらすぐに眠ってしまう。
寝つきはものすごくいい。
一方、わたしは不眠があるから寝付けない。
こうやって4時とか5時まで起きちゃう。
そうして、結局、ベッドに行くのが馬鹿馬鹿しくなってソファで寝てしまうのだ。
だから、彼君と一緒にベッドで眠ることは減った。
こんな同棲生活。
結婚(入籍)する兆しも見えない。
果たして、一緒に暮らすメリットはいまだにあるのだろうか。
一考してみて、思いついたのは「実家に住まなくて済む」ということだった。
実家は苦手だ。大人になって気付いたのだが、揃いも揃って”大人”が過保護なのだ。
有難いことなのだろうが、この歳になってしまうともう鬱陶しさが勝るのだろう。
人間なんて勝手でどうしようもない生き物だ。
さて、そうしてこの日の夜、わたしは家を飛び出した。
行先は行き慣れたダーツが出来るネットカフェだった。
哀しいかな、わたしは彼君のことがきっと大好きなんだ。
「急なことでごめんなさい。今晩、少し家を出てきます。
危ないところには行かないので、心配しないでください」
そんなメッセージを彼君に送って。
居場所なんて、ダーツアプリで分かってしまうのに。
翌日のこと、一晩ダーツをして、仮眠をとり、照りつける日差しの中帰宅すると、気持ちは随分とすっきりしていた。
非現実が欲しかったのか、彼君が帰ってこない家にいたくなかったのか、単純な女である。
ちなみに、その後の関係は良好だ。
わたしは後ろ倒しになってしまった生活リズムを直そうと奮闘している。
が、そう簡単にはいかない。
明日は9時までに池袋へ行かなければならないのだが…もう寝ずにいるべき?
なんてね。